大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)1737号 判決 1992年4月28日

上告人

中井シッピング株式会社

右代表者代表取締役

中井一郎

右訴訟代理人弁護士

美並昌雄

被上告人

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

原田勝治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人美並昌雄の上告理由第一の1、2について

本件事故は、航行区域を沿海区域とする汽船である第五神山丸が、航行区域を平水区域とするいわゆる内水船である第三泉丸を曳き、その後に無機力運貨船(バージ)を曳いて、神戸港の東神戸航路の沖合から同航路に進入した際、第五神山丸及び第三泉丸の船長の過失により、無機力運貨船が、海上自衛隊阪神基地隊東岸壁に係留されていた被上告人所有の掃海艇に衝突し、これを損傷させたという態様のものであることは、原審の適法に確定したところである。この事実関係の下においては、第三泉丸が内水船であっても、第五神山丸、第三泉丸及び無機力運貨船全体に商法第四編の関係規定の適用があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。

さらに、原審の確定した事実によれば、第五神山丸及び第三泉丸の船舶所有者と上告人との間に、「定期傭船契約書」と題する契約書が取り交わされていたというのであって、本件事故につき、被上告人は、右契約による上告人の法的地位に基づいて上告人に対し損害賠償の請求をしている。

ところで、定期傭船者の衝突責任など権利義務の範囲については、商法を始めとする海商法の分野での成文法には依拠すべき明文の規定がないので、専ら当該契約の約定及び契約関係の実体的側面に即して検討されなければならないところ、前記の各契約書はそれぞれ本文一枚の極めて簡略なものであって、そこには「船舶の使用に関する一切の命令指示等の権限は上告人に属する。」、「傭船料は一か月五〇万円(第五神山丸分)、五二万円(第三泉丸分)とし、上告人は、航海数に応じ、船長らに対し繁忙手当を支給する。」、「本契約の有効期間は向こう一年とし、契約当事者から解約の申出がない場合は、自動的に更新される。」などの約定の記載があるにとどまっている。次いで、その契約関係の実体についてみるのに、原審の確定したところによると、右約定に係る定額の傭船料は実際には支払われたことがなく、対価はすべて運航時間に応じて算出されており、燃料費は船舶所有者において負担し、上告人には船長の任免権があるともいえず、また、上告人が各船舶を直接自己の占有下に置いてはいなかった、というのである。しかしながら他方、各船舶は、専属的に上告人営業の運送に従事し、その煙突には、上告人のマークが表示されており、その運航については、上告人が日常的に具体的な指示命令を発していたのであって、上告人としては、各船舶を上告人の企業組織の一部として、右契約の期間中日常的に指揮監督しながら、継続的かつ排他的、独占的に使用して、上告人の事業に従事させていたというのも、また原審の確定した事実である。原審は、これらの事実関係の下において、上告人は、船舶所有者と同様の企業主体としての経済的実体を有していたものであるから、右各船舶の航行の過失によって被上告人所有の掃海艇に与えた損害について、商法七〇四条一項の類推適用により、同法六九〇条による船舶所有者と同一の損害賠償義務を負担すべきであるとしたが、この判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一の3、第二について

被上告人所有の掃海艇側に上告人主張の過失はなく、また、被上告人がその主張のとおりの損害を被ったものであるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程には所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄)

上告代理人美並昌雄の上告理由

第一

1 (原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反がある)

一 (経験法則(商慣習)違背……定期傭船契約についての大審院判例は変更されるべきである……)

本件の主要な争点は定期傭船契約について商法第七〇四条を類推適用すべきか否かにある。

二 (定期傭船契約と商法第七〇四条の適用について)

(一) 原判決は、上告人と第五神山丸、第三泉丸との契約関係を船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約たる性質を有する定期傭船契約であると判断し、商法第七〇四条を類推適用すべしとする。

(二) (定期傭船契約の法的性質)

周知のごとく、定期傭船契約については、「純粋運送契約説」「変態的運送契約説」「混合契約説」「商事海技区別説」「特殊契約説」「内部・外部区別説」「企業賃貸借説」「海上企業組織の有機的単位賃貸借説」等々があり、現時においても海商法上の重要争点である。

(三) 一般的に昭和三年の大審院判例以来、判例は定期傭船契約は船舶賃貸借と船員の労務供給契約との混合契約説をとるとされている。

しかしながら、昭和一七年以後、今日まで大審院、最高裁判所における定期傭船契約に関する判例は見るに至っていないし、同判例時代以降の海運実務の変化から考え、その立場は今日変更されるべきものと考える。

(四) (賃貸借による定期傭船契約と、賃貸借によらない定期傭船契約)

(1) 定期傭船契約には「賃貸借による定期傭船契約」と「賃貸借によらない定期傭船契約」が存する。

すなわち、産業革命の結果、先進工業国における原料資材の輸入、完成商品の輸出の急激な増大は当然輸送能力の要求、すなわち船舶需要を来たした。このことは、船舶不足と船舶建造による恒常的船舶乗組員の不足をもたらし、海上企業経営を意図する経営者は、自己保有船に加え、さらに他人所有船を借り入れることにより、自己の海上企業経営規模の拡大を図らんとすると同時に、自己雇傭の船舶乗組員をもってしては不足する船舶乗組員の補充策として、他人所有船舶の借り入れに際し、他人雇傭の船舶乗組員を下船させないで、船舶にそのまま乗組ませた状態、すなわち、船員つき船舶を借り入れて、これを自己の海上企業組織の内に取り入れることにより、同船舶に乗組んでいる船長、その他の士官、及び、下級船員を全て自己の支配下におき、これらの者を通じて、船舶の占有、船舶の維持管理、船舶運航のコントロールを全て手中に収め、かかる態勢の下に船舶を運航して、海上企業経営に従事し、それによって得るべき収支損得はすべて借主たる海上企業経営者に帰属すると共に、これに対しては、船舶の利用の対価として当事者間の合意で定められた一定額の賃料の性質を有する傭船料が船主に対して支払われるという形態の船舶利用方法が考案された。これが「賃貸借による定期傭船契約」で、海運実務の知識に乏しい商法学者が商法第七〇四条を類推適用の際、頭に描く定期傭船契約である。

この形態による船舶の利用方法は、法律的観点から考えれば、海上企業者である傭船者が、企業経営の必要度に応じて、他人所有船舶を、あるいは、自己保有船舶の不足の補完として利用し、あるいは、企業拡張の必要に伴う拡大の要因として利用するという利益を有すると共に、これを経済的側面から考えれば、船舶建造という莫大な資本の投資を必要とせず、既に他人によって投資建造せられた船舶と、他人によって多額の費用と時間を費やして訓練された船長、及び、その乗組員をそのままその船舶に乗組ませて、これを自己の海上企業経営の目的のために使用し、企業経営利益を収受し、これに対して、船主に対しては、その船舶賃借の対価として船舶所有のために必要な間接費、すなわち、船舶償却費、金利、配当費、船舶保険料、船主店費等に相当する額の傭船料の支払をすればよいという関係で船舶を利用できる反面、もし、当該船舶の必要性がなくなったときには、同船舶を船主に返船することによって、自己の海上企業組織に何らの変動を与えることなしに、同船舶の利用関係から離脱することができるという利益を有する。

しかし、かかる形態による船舶利用方式においては、傭船者である定期傭船者が傭船した船舶を自己が経営する海上企業内に、船舶乗組員と共に取込んで、企業組織の一部として、同船舶を直接自己の支配下において使用するものであるから、企業経営主体である傭船者としては、自己が行う海上企業経営のために必要な船舶の航海費用のみならず、船舶運航に直接必要な直接船費(この費用は本来ならば船主が負担する費用に相当する費用)、すなわち、乗組員に対する給料、船舶の維持・管理費用、厨房費用、乗組員飲料水費用、同食糧費、船舶修理費用、船舶備品、消耗品費用、船員衛生・医療費用、船員貯蔵品費用、二噸以下の積揚貨物の荷役に堪えるウィンチ、デリック、車輪、及び、普通程度の動索の維持管理費用、荷役用艙口毎に一人のウィンチマン配置費用、船長、士官、乗組員のための領事認証手数料、さらに乗組員の不法行為による第三者に対する損害賠償の責任を負担しなければならない。もし、かかる費用の負担を傭船者が負担しないで、しかも、なお、船舶を従前通り自己の海上企業経営の目的のために利用できるとすれば、傭船者にとってそれだけ企業経営経費の節減が可能となり、傭船者の企業経営責任はそれだけ軽減されることとなる。

かかる要請は、海上企業経営規模が拡大し、かつ、その独占態勢が進展すると共に資本主義的経済原理の下における企業の合理化、経費節減による利潤の増大という目的によって、その目的達成のために努力することが求められると共に、自由主義の思想下における競争の原理から競争に打勝って生き残るために必要であると同時に、世界における経済的不況の発生は、一層強く、その対策を要請する結果となる。

かかる経営合理化、経費節減、企業経営利益の確保という要請は「賃貸借によらない定期傭船契約」という他船利用形式を生んだ。ただ、賃貸借による定期傭船契約も賃貸借によらない定期傭船契約も他船利用方式として考え出された船舶利用形態であり、両者とも船主(船舶賃借人を含む)が雇入れた船長、その他の乗組員が乗船し、船舶の運航、維持、管理を行っている外観上の同じ姿からは、海運実務の実際的経験を有しないものにとっては、両者の法律的概念区分、および、実務上の取扱の区別等の理解は甚だ難しいと考えられるけれども、両者の間には、法律的にも、実務の取扱上の、また、経済的負担の上でも大なる差異があるので、別紙においてその一般に指摘されている区別を明らかにする。

(五) (実務における定期傭船契約)

現在、世界的に広く海運実務の実践において行われている定期傭船は、賃貸借によらない定期傭船契約である。

前述したごとく、判例は混合契約説をとるとされているが、大審院時代の定期傭船契約は、賃貸借による定期傭船契約の事実関係を前提としたものであり、同判断は当時のドイツ大審院、及び、ドイツ学説によったものと言われている。ところが、ドイツにおいては、いわゆるボルタイム一九三九(国際的に用いられている定期傭船契約)傭船契約に基づく定期傭船者の法的地位は船舶賃借人に該当しない(一九五七年一二月一二日)と確定し、判例は変更されたと考えられているのである。

以上の経過からみて、現時の海運実務の定期傭船契約においては、賃貸借によらない定期傭船契約が通例であると解される。そのため、現在、我が国で使用されている社団法人日本海事集会所の定型書式の第三一条では、契約の本質として賃貸借契約でないことを明示する(<書証番号略>御参照)。

(六) (定期傭船契約と第三者の関係)

現在広く世界的に利用されている定期傭船契約(賃貸借による定期傭船契約ではない)の法律的態様が、船舶の「役務」の提供であり、その法律的性質が、「役務」給付という債権契約上の給付義務であって、この「役務」の給付義務を負担する船主、または、利用船主の法律的地位は、定期傭船者から独立した海上企業経営者であって、定期傭船者とは、定期傭船契約のみによって結ばれているに過ぎない定期傭船者が行なう海上企業経営上の履行代行者であること、したがって、また、船舶の占有は、船主、または利用船主が雇傭している船長を占有代理人として、自ら保持、継続し、かつ、定期傭船料という名目の船舶の「役務」の給付の対価を取得することによって、自己の所有する海上企業という独立した企業の経営を行なっているところから考えれば、船舶に対する直接的物的支配権も有せず、かつ、所有者でもなく、単に自己が行なわんとする海上貨物運送企業遂行のために必要とする範囲で他船の役務の給付を受けるに過ぎない運送人である定期傭船者に対しては、船舶所有者責任規定である商法第六九〇条も、同条を準用している同法第七〇四条一項の規定も、適用することは困難であるといわねばならない。

三 (本件において商法第七〇四条を類推適用することについて)

(一) (原判決の場合)

原判決の商法第七〇四条(裏返して定期傭船契約の解釈)の理解は、その表現からみて、鈴木説をとるごとくである。同鈴木説は次のごとく要約される。

「定期傭船契約の法的性質として、純然たる傭船契約とみる説と、船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約とみる説とが両端にあって、その間に多様の学説が対立している。しかし、第一に内部的な契約の性質を傭船契約とみるか、船舶賃貸借とみるかの問題と、外部的な対第三者の関係で船舶の利用に関する事項につき権利義務を有する者が、船主か、傭船者かの問題とが相互に理論的関連を有するような考え方は、とるべきでない。

後の問題は、対外的に船舶の利用が船主又は傭船者のいずれの名においてなされているかにより決定されるべきことであって、契約の法的性質の究明と一応分離して考えるのが妥当と思う。第二に、また、傭船契約と船舶賃貸借の区別の標準を船舶の占有が、船主又は傭船者のいずれにあるかに求め、しかも、その占有の所在は、船長の任命権の所在によって決されるという立場から、定期傭船契約の法的性質を割り出そうとする考え方も問題である。

この場合には、船長の任命権が法律上船主にあることは勿論であるが、定期傭船者は前記の使用約款と不満約款によって、実質的には指揮任免権を有するのと殆ど同様であるから、そのいずれかのみを重視して契約の性質を決定するのは、妥当でなく、さらに、それによって、対外関係の処理をも解決するのは、前述のように一層不当である。

要するに、定期傭船者は、船長に対し、実質的に指揮権を有するところから、単なる傭船契約の場合と違って、船舶を自己の企業範囲にとり入れ、船舶に自己の企業の標識を付する等、外観的に自己が当該船舶に関する企業の主体たることを表示するようになるのであって、そのような表示をした以上、企業主体としての権利義務を有することになるのは至当である。」「要するに、定期傭船者は、船長に対して実質的に指揮権を有するところから、単なる傭船契約と違って、船舶を自己の企業範囲にとり入れ、船舶に自己の企業の標識を付する等、外観的に自己が当該船舶に関する企業主体たることを表示するようになるのであって、そのような表示をした以上、企業主体としての権利義務を有することになるのは当然と考える。」(以上、鈴木竹雄「商行為法・保険法・海商法」一三四頁、一三五頁弘文堂御参照)

ところで、鈴木説については、次のごとき批判があり、

「一つの契約に於いて、そこに生ずる責任関係を解釈するには、先ず、その契約の実体を把握し、それを法的に評価して、その性質を確定し、その法的性質の故に、如何なる法的効果が賦与さるべきかを法の構造及び目的より探求すべきものと考える。而して、かく導かれた効果としての責任関係が第三者保護につき、著しく欠くるところありと思料されるときに、外観理論、又はエストッペル原則を適用して、具体的妥当性を導くべく結論づけるべきであって、最初から、定期傭船者の外観的表示のみを標準として、責任関係を決定せんとする如きは、法解釈の方法を誤るものといわねばならない。即ち、商法第七〇四条は、船舶賃借人という、本質的に定型的海上企業主体に、船主と同一の責任を負わしめたに過ぎず、外観が船主と同一なりとして、この適用を認めたものではないのであるから、外観に関係づけて、これを定期傭船者に類推するのは誤りである。」

鈴木氏は有力学者であるが、学説上も通説とは言いがたく、特に、最近の研究者からは批判の多い学説である。

(二) (原判決は鈴木説自体誤解している)

ところで、鈴木説が前提にしている傭船契約の内容は、次の通りである。

「(2)定期傭船契約の内容 国際的にはValtime Charterという普通取引条款が用いられ、わが国でもこれにもとづく約款を用いている。総括約款として船舶の貸借約款があるほか、船舶を傭船者の使用に委ね(処分約款)、船長その他の船員が傭船者の指揮に従う(使用約款)とともに傭船者は不満な船長等の交代を請求できる(不満約款)ものとし、また船員の給料など船舶の経費は船主が負担するが、燃料など航海の費用は傭船者が負担する(純傭船約款)等の約款が含まれている。」(前掲一三四頁)

これは、賃貸借による定期傭船契約であって、現在行なわれている賃貸借によらない定期傭船契約には該当しないし、本件ごとき支配性の弱い場合には、なおさら第七〇四条の適用は妥当でないこと明白である。

(三) (原判決の混乱)

ところが、原判決は、

「第五神山丸及び第三泉丸の運航のための燃料費は、上告人ではなく、船主である河野忠行及び被告濱本において負担していたこと、定期傭船契約書に記載されている月額五〇万円(第五神山丸)、五二万円(第三泉丸)という定額の傭船料が実際に支払われたことはなく、船主に支払われる対価はすべて運航時間に応じて算出される金額であったこと、上告人が船長の任免をしたことはなく、その権限もなかったこと、上告人が第五神山丸、第三泉丸を自己の占有下においていたわけではないことがそれぞれ認められ、これらの事実からすると、右契約が船舶賃貸借契約と労務供給契約との混合契約たる性質を有するものと解される典型的な定期傭船契約とみることは困難といわざるを得ないかのごとくである。」

と認定しながら(鈴木説はこの様な事実関係を前提としていないこと明らか)、突然、結論として鈴木説で締め括る。その論理の飛躍は明らかであるし、そのことが結論の不当性の原因となっている。

(四) (本件船舶の利用関係)

本件船舶の関係は、前記した判例指示のごとく、

(A) 「船舶の占有は船主にあること」

(B) 「上告人に船長の任免権のないこと」

(C) 「燃料費は船主の負担であること」

(D) 「定額の傭船料が支払われたことがなく、タイム・チャージであったこと」

(E) 「船長兼船主との契約関係は、自由に解除できたこと」

(F) 「上告人が指示するのは、A地点からB地点への曳船を指示するだけのこと」

であり、かかる関係のみで原判決のごとく「船舶所有者と同様の企業主体としての経済的実体を有していた」などと認定することは何人も出来ないといって言い過ぎではない。

もちろん、原判決も、右理由付けだけでは、本件実態からみて説得性に欠くことを自認して、

「右各船の煙突には被告会社のマークがペンキで表示され、あたかも被告会社所有であるかのごとき外観を呈していたこと。」と判示して、外観理論で補充する。しかしながら、商法第七〇四条は、前述したごとく、第三者保護の規定ではないし、外観論を唱える商法学者も、定期傭船契約についての(すなわち、定期傭船契約の実体を有する事実関係を頭に描いて)適用の一つの理由付けであって、煙突にマークが一つあるだけで責任を認める説などない。

しかも、本件におけるマークも船主、船長が勝手に使用していただけのことであり、このことにより、上告人に責任を負担させること正義に反する。

(五) (結論)

以上述べたごとく、本件について商法第七〇四条を適用、類推適用することは、現在の海運実務の商慣習に反し、理論的にも不当であるとともに、結論的にも正義に反し、かかる判例が最高裁判所において是認されることになれば、実務上大混乱を招かざるを得ない。

(四-欠番)

五 (本件判決の重要性)

海は、ロマンと冒険に満ちた世界である。海事、海商法は古い歴史を有し、その実務は奥深い。かかる海事事件を扱う場合、単に数冊の基本書、判例(日本では少なく、参照とするなら、英米、ドイツの判例を参照されなければならない)を見ただけでは理解できない。まして、傭船契約の解釈などは実務に対する深い洞察がなくして正しい判断は望むべくもない。本件に関する解釈は実務上重要な判例として海事実務者から注目されているものであり、今後、最高裁判所の判断として実務上の重要な指針となる。従って、原判決のごとく、ドグマ的な判断や、交通事故の処理のごとく、安易に判断されてはならず、海事の実務が納得する判断が期待される。

かかる、海運実務の実体から考えれば、原判決は商慣習に違反し、是正されなければならない。

六 (下級審の判決)

(一) 定期傭船契約について、海運界においてフルムーン号事件が有名である。

すなわち、東京地方裁判所民事一七部において定期傭船契約について商法第七〇四条が適用されるべきかが問題となった(<書証番号略>御参照)。

事実関係は、リベリア法人フルムーン・マリタイム・コーポレーション(以下フルムーンと略す)所有の貨物船フルムーン号(船籍リベリア)は、昭和四五年三月九日早朝、雑貨を積載して釜山港から門司港に向けて航行中に、長崎県上対馬町沖合二〇浬の海上において操業中の漁船(旋網船団灯船)第二三大宝丸と衝突した。その結果第二三大宝丸は沈没し、同船甲板員二名が死亡した。

そこで、右第二三大宝丸の所有者及び死亡船員の遺族から損害賠償を請求して訴が提起された。フルムーン号は、「バルト海白海同盟統一定期傭船契約書」(いわゆるボール・タイム書式)に基づいて、昭和海運株式会社を傭船者として定期傭船されていたところ、本件の訴訟は、定期傭船者たる昭和海運を相手方として提起されたものである。この場合のフルムーン(船主)と昭和海運の関係は、昭和海運がフルムーンから艤装を施されたフルムーン号を船長以下乗組員の配乗つきで(雇傭主はもちろんフルムーンである)一定期間借り受けて、引渡を受け、フルムーンに対し傭船料を支払う。

そして、商事事項(A港からB港へ航海すべし)については昭和海運が命令し、海技事項については(航路の選定)フルムーンが行なうが、船長が不満であればフルムーンに交替を要求できるのである(これが現行の定期傭船の一般例である)。

(二) これに対し東京地方裁判所は<書証番号略>の判旨のとおりと判断した。もちろん、この判決は海運実務に恐慌をおこし、昭和海運は控訴した。控訴審においては、海運実務の実体に反した判決が、控訴審裁判所に理解され和解で解決された。

その和解内容は、逆転判決と同一と評価できるほど昭和海運に一方的有利な条件であった。

同事件は、最高裁判所により結論が出されると期待した実務家、商法学者の注目を受けたが、和解により、定期傭船契約と商法第七〇四条の最高裁判所の判断は未だ下されていない。すなわち、本件において出される判断は今後実務上、海上保険その他海事実務者から重要な指針として注目されているものである。

七 ところで、実務家から非常識と避難された東京地方裁判所の判決を実務家はこのようにまで極言した……

「司法制度の在り方である。わが国では裁判官の登竜門たる司法試験の科目中に海商法は入っていない。従って若干の篤志家を除き、裁判官は海商法を知らない訳であり、しかもわが国の裁判制度では、海事問題の専門家が海事紛争を審理するということにはなっていない。

すなわち、極言すれば、司法裁判所は、海商法を知らない裁判官に、現代放れした海商法を使用して裁判させている、ということになる。これでは、あたかも田舎の内科医が、旧式の解剖用具を使用して外科手術を行なうようなもので、抑も正しい判決等期待するのが無理というものであろう。」

利益衡量として、フルムーン号が税金逃れの「置籍船」でフルムーンが実体のない会社であったので、昭和海運に責任を負わせる必要があり(特に死亡事故であることに注目されたい)、と判断したものと推定される。

いずれにしても、その論理の骨子は、

(A) 「定期傭船者の船長に対する指図命令権は、実質的には使用者と比肩しうる実体を備えていること。」

(B) 「船主は、船長その他の乗組員の使用者として、海技事項に関し指揮監督を行なう実体がないこと。」

かかる二要素がある以上、商法第七〇一条の船舶賃借人に類似しているので類推適用すべしと判断する。

(一) 前記フルムーン号事件を念頭において本件を考えた場合、前記東京地方裁判所の二要素すらない。

すなわち、「上告人が船長の任免をしたことはなく、その権限もなかったこと、上告人が第五神山丸、第三泉丸を自己の占有下においていたわけでないことがそれぞれ認められ……」旨判示する。

そうすると、原審の骨子は、

(A) 第五神山丸、第三泉丸は、専属的に上告人の仕事に従事していたこと。

(B) 右各船に上告人のマークが表示されていたこと。

(C) 右各船の運航について日常的に具体的な指揮命令を発していたこと。

以上である。

(二) そこで、(A)について検討する。

(1) 大阪地方裁判所の執行官は、特定の個人タクシーを雇い、長期、専属的に使用して執行場所に行く、運行については、行先を日常的に具体的に指示命令を発している。

もし、同タクシーが交通事故を起こした場合、国が損害賠償請求の対象となるのか。

(2) 請負においては、特定の注文主との間で長期、専属的に労務を供給している場合がある。この場合、注文主に責任はあるのか。(一杯船主ほど自主性、独立性の強いものはない。又、船長は船内にあれば裁判権すら有する絶対者である。)

(3) 要するに、原判決は(A)地点から(B)地点への指示を全人格的指揮監督と混同してしまっているのである。

(三) 次に(B)について検討する。

(1) そもそも、外観理論は取引社会について妥当するものであり、船舶衝突という事案に外観理論を持ち出すことは理論的にも結論的にも失当である。

(2) 例えば、電化製品の小売店では松下電器等の看板を表示して、専属的販売を行なっているものがある。万一、その看板が落下し人身事故が起きたとき、松下電器は損害賠償請求の対象となるのか。ヤクルトおばさんは明らかにヤクルト製品を明示し、ヤクルト製品を売っている。もし、ヤクルトおばさんの手押車に衝突されて人身事故が起きたとき、ヤクルトは損害賠償請求の対象になるのか。

(四) (C)について検討する。

我々がタクシーに乗って行先を指示する。このことは、我々がタクシーの運転手に指示命令し、指揮監督しているのか。単に注文しているだけである。注文がいくら重なったとしても質的に変化して指揮監督することにはならない。

上告人は、A地点からB地点に本件バージを曳航するよう指示するだけである。後は、自船でどのような方法で、効率よく曵航するかは船主の自由であり、運航時間によって料金が算出される(タクシー料金と同様に考えればよい)だけのことである。

(五) すなわち、本件について商法第七〇四条を適用することは、仮にフルムーン号事件についての東京地方裁判所の見解を前提としても不当な結論となるのである。

2 (原判決は商法六八四条の適用について誤りがあり、同誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。)

一 商法第六八四条は、海商法が適用される船舶は、商行為をなす目的をもって航海の用に供するものであることを規定し、航海とは湖川港湾を除いた海上航行をいう。

すなわち、湖川港湾(平水区域という)だけを航行する船舶(内水船)は海商法の適用を受けないとするのである(定説)。

従って、上告人は、本件第三泉丸と第五神山丸は内水船であるが故に、海商法の適用を受けない旨主張するところ、原判決は、第五神山丸の航行区域が沿海区域を予定し、曵船列一体の原則から、本件に海商法の適用があると判断する。

二 しかしながら、商法学者の通説といわれる学説(鈴木竹雄、田中誠二、小町谷操三)は、内水船とは、「内水のみを航行し、または主として内水を航行する船舶」と解釈しているのであり、現実に航行している区域によって決することを当然の前提としている。原判決のごとく、船舶が有する航行区域の資格だけを形式的に基準として区別する考え方は皆無である。原判決の不当性は次のことからも明白である。

例えば、芦の湖、琵琶湖では、観光目的のため沿海区域の航行が行える大型船が航行している。もしこれらの船舶が、沿海区域を航行しうるとして、同湖内での事故に海商法を適用すべきとするであろうか。

又、本件は、たまたま、第五海山丸が先行していたが、各船長の証言からも明らかなごとく、二隻の間では、どの船が先航するのかは、その都度まちまちで、第三泉丸が先航する場合もある。この場合、第三泉丸の資格は平水区域であるから曵船列一体の原則から、海商法の適用を受けないとするのであろうか。船舶の有する航行区域の資格により判断する原判決の不当性は明らかであろう。

三 鈴木竹雄説が述べているがごとく、海商法は、広大な海洋を航行し、相当に規模が大きく、組織も複雑な船舶を対象としているのである以上、その適用は、主として現実に航行しているのがどこであったかによって判断すべきことが当然と考えられる。

以上のごとく、原判決の商法第六八四条の適用については誤りがあり、同誤りは判決に影響すべきこと明らかである。

3 (原判決は、海上衝突予防法第五条、同三九条、信義則の適用について誤りがあり、同誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。)

一 上告人は、被上告人に過失があり、同過失は過失相殺において斟酌されるべき旨主張し、具体的には、次の過失が被上告人にあると主張した。

二 (見張り不十分)

海上衝突予防法(以下予防法という)第五条は「船舶は、周囲の状況及び船舶との衝突の恐れについて十分判断することができるように視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない」と定める。

同解釈として、見張りは航行中だけではなく錨泊中も行わなければならない。

しかも、見張員は、見張り以外の作業に従事させず、もっぱら見張りを行わなければならない(<書証番号略>。

図説海上衝突予防法第一一頁〜第一三頁御参照)。

この点、衝突された「たかみ」の乗員は常時適切な見張りを行っていなかったことは明白である。すなわち、<書証番号略>の「たかみ」の艇長久米順作によれば、

「当日、私は本艇の中央部にある士官室内で当直士官の機関長と二人で椅子に座っておりました。その内に士官室係が入ってきて配食用意を始めました。私はその時、士官室内の時計を見ると三時五五分頃でした。と同時に本艇に波浪による衝激と何か違う「ゴツン」という感じの何か本艇に当たった様なショックを受けたので、私と当直士官が急いで部屋を出て左舷門付近に出て見ると、すぐ目の前一米位を一〇トンから一五トンと思われる曵船が面舵(右舵)をとりながら航過しました。」旨述べる。

このことは同船は、ショックを受けて初めて衝突したことを発見したので、それまで見張りを欠いていたことを明白に示すものである。

ところで、予防法第五条により錨泊中も見張り義務を負っていることとは、停止している船舶にも衝突回避義務を負担させるものなのであって、予防法第八条は進行中の船舶に限定したものでない。

よって、この点についての違法がある。

三 (並列係留について)

(1) 予防法第三九条には「船員の常務として必要とされる注意義務」がある。

「本条は、船舶は如何なる場合においても事故発生を未然に防止するための注意義務があることを規定し、船舶所有者、船長又は海員等の船舶関係者は事故の結果にたいして注意義務を怠ったことについて責任があることを確認したものである。すなわち、船舶における海上の事故は、天候、風浪、潮流、地勢の事情など船舶以外の外的条件と船舶の大きさ、用途、性能など船舶事態の状態及び船舶を運用する船員の技量など船舶に係る内的条件が複雑に絡み合って事故が発生することに鑑み、これらすべての事態に対処する適切なルールを規定することは技術的に不可能であるから、まず本法では、その基本的なものについてルールを遵守させ、本法におりこむことのできないものについては、いわゆる船員の常務に則って適切な措置をとらせようとするものであり、その注意を怠ることによって生じた結果については、船舶所有者、船長、海員等に責任を課すものであることを宣言したものである。」

この船員の常務としては並列係留は危険であるので回避することを命ずる。だからこそ港則法施行規則第三七条において「はしけ」の二列を禁止しているのであり、このことから「はしけ」以外は禁止されないのではなく、他の船舶も危険性がある係留方法であるから、船員の常務としてしてはならないのである。

(2) 原判決は、並列係留について過失はないとし、その論拠として、並列係留を禁止した法規がないとする。

しかし、問題は単なる並列係留自体の違法性を問うているのではない(仮に並列係留が違法でも事故との因果関係がなければ問題はない)。

要は、

1、東神戸航路に接近して

2、並列係留していた

ことが問題なのである。

(3) 港則法第一三条は、特別な場合を除いて航路内において投錨してはならない旨定める。それは、航路内は狭隘、かつ、輻輳しているので、船舶交通の安全をはかるため、投錨を禁じているのである。

そして、「航路内において投錨し」とは、航路内に自船の錨を投下するのみでなく、航路近くの航路外において投錨したことにより船体の一部、又は、全部が航路内に残り、又は、投錨時船体も航路外にあったが振れまわりのため航路の一部に入るようになった場合も含まれる。本条の投錨禁止は、本条の制定趣旨を勘案すると、航路もしくはその周辺で投錨して船首を回頭することも禁止する広い意味の投錨禁止である(海上保安庁監修「港則法の解説」海文堂七〇頁)と考えられている。

次に、港則法施行規則第三七条の趣旨は、係留中の船舶の船側に係留(並列係留)すること自体、事故が発生する可能性を有するので、二縦列を禁止しているのである。

(4) すなわち、航路に接近し、かつ、並列係留することは、個々の法規には違反していないが、船員の常務としての注意義務を怠っているのである(現に、その後被上告人は当該場所では並列係留を行っていない)。

以上のごとく、並列係留についての原判決の判断は、前記、予防法、港則法の適用を誤ったものといわざるを得ない。

四 (ワイヤーの設置についての過失)

(一) 「たかみ」のワイヤーの位置は、「たかみ」掃海員長内田正美の立会により作成された実況見聞調書の図第二(別図(1)という)によれば、船首左舷前方に約三〇メートルのワイヤーが船固めのため張られていた(単純化した図を別図(2)として作図する)。

ところが、同ワイヤーは、中間部に接触の擦過によって生じた金属光沢があった(<書証番号略>。実況見聞調書ご参照)。

すなわち、同擦過は無機力運貨船「KT-5」の左舷船首船底下の前部角が右ワイヤーの中間部に接触したときに生じたものである。

(二) ところで、船の錨というものを一度でも見分すれば明らかであるが、錨鎖(本件ワイヤーのこと)が直線の状態になっているのではない。

すなわち、船が錨を投じて錨泊する場合、別図(3)のごとく錨鎖は海底をはっている把駐部と水中に懸垂している懸垂部とによって構成されている。船を係駐する力は、錨と錨鎖の把駐力の合計であって、錨鎖は海底をはっている部分が把駐力となるのである。すなわち、ワイヤーのたるみを表せば別図(4)の状態となる。

そこで、本件ワイヤーの中間部に無機力運貨船「KT-5」の左舷船首船底下の前部角が接触し同ワイヤーを海底下に押圧すれば、「たかみ」は同ワイヤーに引っ張られ、岸壁の反対方向に移動する(別図(5))。そのため、移動がなければ右「KT-5」は「たかみ」の左舷すれすれに航過できたにも拘わらず、同移動のため衝突してしまったのである。もちろん、同移動は同ワイヤーの設置がなければ起り得なかったものである。しかも、航路筋にアンカーを打ってワイヤーで船固めすること自体過失であり(海上交通安全法第一〇条)、仮にワイヤーで船固めする場合には、ワイヤーが設置されていることをブイ等の形象物により表示する義務があり、同義務は、予防法第三九条による船員の常務として必要とされる注意義務である。

(三) すなわち、ワイヤーの設置自体本件事故に原因を与えており、当然相殺となるべきものである。

(四) 原判決は、この点について、ワイヤーのアンカーを行ったのは、航路から約七〇メートルも離れているから、航路の周辺と目することが出来ないので過失はないとする。

しかし、この点は、原判決の海事に対する重大な経験法則違反である。船舶というものは、陸上の自動車とは全く異なる。例えば、大型タンカーが、機関を停止して、現実に停船する状態になるには数キロメートルを要する。小型船についても、自動車の制動距離一メートルは一〇〇メートルに等しい。

従って、七〇メートルということは、陸上であれば数メートルの距離間隔である。

よって、ワイヤーの設置についての原判決には、前記海上交通安全法、予防法の適用の誤りと、明らかな経験法則違背があり、この点、判決に影響すべきこと明白である。

五 (船体損傷防止措置違反について)

前記、見張りによる予防法の義務を尽くしていれば、本件において防舷物の適切な行使により、本件損傷は避けられていた。

なお、船に防舷物が常備されているのは、入出港等に当たり、岸壁ばかりでなく、他船について接触することが予想されており、そのため、防舷行為は、海員の常務である。

本件については、防舷行為をとらなかったことに争いはなく、この点につき原判決は、鋼鉄製のバージに対し、木造船の「たかみ」を守るには到底目的を達し難いとする。

しかし、この点についても、海事についての明らかな経験法則違背がある。すなわち、原判決は、防舷行為というものを、衝突時に防舷物を当てることによりのみ、損傷を防ぐことしか考えていない。

しかし、防舷行為は、単に当てることにより、損傷を防ぐのではなく、衝突時に防舷物を一定角度に入れて、接触を「賺す」ことを含むのであり、この「賺し」行為の点から考えれば、「たかみ」が木造船であっても、鋼鉄船であっても全く同一レベルで論じられることである。

この点についての原判決は、明白な海事実務についての経験法則に反し、この違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

六 (自衛艦が負担する特別なる義務について)

自衛隊所属の防舷各船舶は掃海艇であり、武器、火薬等保有し、その存在自体危険物であり、その部品についても特別な部材を使用している。しかも、保険の対象とすらなっていない。すなわち、他の民間船にとっては極めて危険な存在である。かような危険物を所有する国には、当然高度な管理責任はもちろんのこと、民間船と衝突時の危険を発生させない安全配慮義務を負っているものと解すべきであり、その根拠は、信義則上認められるべきものである。

かかる国民に対する義務を負担している以上、並列係留は当然禁止されるべきはもちろんのこと、単船係留でも係留する場合は、一般民間船と異なり、安全フェンスで囲む等容易に衝突することがないように係留すべき安全配慮義務がある。このことは陸上自衛隊と対比すれば明白であろう。一体、「戦車を路上に駐車しているか」、「軍用トラックを路上放置しているか」。すべて基地と称する広大な土地に、厳重な塀を巡らし、衛兵を立て、常時立ち入りを禁じている。海上自衛隊のみが、無保険、かつ、武器を搭載した危険物そのものの船舶を、一般民間船と同様の方法で係留して済まされるはずはない。

このことは、潜水艦「なだしお」と第一富士丸の事故によっても明白となっている。自衛船は高度の機密性と危険を有しながら、民間船と同一の方法によって航行、係留している。すなわち、危険物であるにもかかわらず、民間船と同一の航法、保管をしていれば、常に重大な危険を国民に与えることとなり、かかる状態を是認することとなれば、又、悲劇が繰り返されることになるやもしれない。自衛艦も陸上の戦車等と同一に、民間船以上の安全な係留方法をとらなければ、法の正義は守れない。すなわち、本件の場合、最低限度の義務として安全フェンスで囲み、容易に衝突することがないよう係留すべき安全配慮義務があったのである。原判決はかかる義務を認めるべき根拠はないとする。

法律的区別

賃貸借による定期傭船

賃貸借によらない定期傭船

占 有

(1) 船舶の占有が傭船者に移転する。契約の法律的性質は賃貸借契約である。

(1) 船舶の占有が傭船者に移転しない。船舶の占有は船主が雇入れ、かつ、その雇入れを継続している船長を占有代理人として船主が保持、継続する。

艤 装

(2) 傭船者は、利用船主として船舶運航に必要な艤装を行なう。

(2) 船舶の艤装は、船主、または、利用船主が行ない、傭船者は行なわない。

占 有 回 収 の 訴

(3) 傭船者は、船長を占有代理人として、船舶の占有を保持、継続する。従って、船舶の占有が妨害、または奪われた場合には、傭船者は占有保持または占有回収の訴を提起することが出来る。

(3) 船舶の占有が妨害、または、侵奪された場合には、船主または、利用船主のみ占有保持、または、占有回収の訴を提起することができる。

船 長 そ の 他の乗組員に対する指揮監督

(4) 傭船者は、船長その他の乗組員を直接指揮、命令して、航海事項、すなわち、船舶の航行に関する事項、船舶の維持、管理、整備、修理、船員に対する海上における衛生、医療管理、給食、海上勤務計画の設定等、また、商事事項、すなわち、運送すべき貨物の選択、貨物の受取、船積、陸揚、引渡、および船荷証券に関する事項、その他傭船者が船舶を使用して行なう海上企業経営のために必要な一切の事項を行なう権利を有し、船長その他の乗組員は、傭船者の指揮命令に従う義務を有する。

(4) 傭船者は船長その他の乗組員に対して、一般的指揮監督する権利を有しない。すなわち、航海事項に対する指揮命令権は船主の権利に属し、傭船者は指揮、命令権を有しない。他方、商事事項に対しては、傭船契約の規定に従って、船長その他の乗組員に対して指揮命令をすることができる。傭船者の指揮命令に従って、船長その他の乗組員が労務を提供する関係は賃貸借による定期傭船契約に基づき、船長その他の乗組員が労務を提供する場合と、いささか趣を異にする。賃貸借によらない定期傭船契約の場合には、船舶の占有は、船長を占有代理人として船主がこれを保持継続しており、船舶は、傭船者の占有に属せず、傭船者の海上企業内に取込まれないで、傭船者とは離れた独立の存在としての状態に在り、また、船長その他の乗組員も、傭船者の直接の指揮命令下に取込まれない、すなわち、傭船者の海上企業の組織内に組込まれないで依然として、船主の雇傭下において、船主の指揮命令の下にあり、傭船者と離れた独立の存在としての状態に在って、船主との間の雇傭契約上の指揮命令を受け、船主が傭船者と締結した定期傭船契約の内容に従って、船舶の機能(function)または、便益(facilities)を傭船者に提供するために必要な労務を提供する。従って、船長その他の乗組員の提供する労務の相手方は、あくまでも雇傭主である船主であって、傭船者ではない。この点が、賃貸借による定期傭船契約に基づく、船長その他の乗組員の労務提供の態様と大いに異なるところである。

しかし、危険物、かつ、国民から機密を守ることが認められた船舶は国民に対し、条理上、信義則上、一般船舶以上の他船に対する衝突防止義務が存し、この点についての原判決は、かかる法令についての適用に違背、又は、この審理に不尽があり、この点判決に影響を及ぼすこと明らかである。

七 以上述べた被上告人の過失は少なくとも九割にあたり、この点について、各法令の適用を誤って過失相殺を認めなかった原判決には、審理不尽として法令違背があり、破棄を免れない。

第二

(原判決は採証法則、経験法則を無視して、事実誤認を行い、その結果、理由齟齬の誤りがある。)

一 (相当因果関係についての判断について)

(一) 原判決は、本件修理費は相当因果関係にあると認定する。

しかしながら、原判決があげる証拠(<書証番号略>)、証人澤勝彦の証言によっても、被上告人の主張のみが一方的に採用され、その認定について採証法則、経験法則を無視している。

(二) すなわち、本件修理については、証人澤によれば、修理基準として「自衛艦工作基準木船船郭」というのがあり、それを適用している旨証言する。

そして、同基準は一般には、運輸省から出ている「木船構造規則」があるが、それよりもシビアな基準である旨証言する。

すなわち、本件修理が一般的な基準より高度(従って修理代金は高価となる)ものであることを認めているのである。

(三) 周知のごとく、判例は、相当因果関係説を採用する。

従って、船体修理費は通常生ずべき損害としても、その修理費については、社会通念上相当な額でなければならない。従って、本件修理費も一般木造船について行われるべき修理費でなければならない。自衛艦であるが故に、国が要した修理費をすべて認容するのであれば、国民は結果として国の主張額をそのまま認めざるを得ない。社会的に同一の事故であるにもかかわらず、自衛艦にたまたま損害を与えた場合のみに極めて高額な修理費を賠償することとなり、その結果の不当性は明らかであろう。特に、本件は修理費は入札によったと主張するが、入札を行った証拠はなんら提出されていないし、阪神基地において修理が不可能であるとの立証もされていない。

この点、明らかに、採証法則に反し、理由について不備、齟齬があり、審理不尽といわねばならず、差戻して、事実調べを行わなければ正義は回復し得ない。

経済的区別(1)

賃貸借による定期傭船

賃貸借によらない定期傭船

間接費用

間接費用の内容は下記の如きものであって、船主がこれを負担すべきものである。傭船者は、この費用を負担しない。ただ、かかる費用は、傭船者が支払う傭船料収入より支払われるのが普通である。

船舶償却費、船主借入金利、株主配当金、船主社内積立金、船舶保険料費用、船主店費、船舶に課せられる税金

間接費用の負担は賃貸借による定期傭船契約の場合と同様船主が、これを負担する。間接費用の内訳は賃貸借による定期傭船契約の場合と同様である。

直接費用

直接船費とは、船舶を、商業的企業活動の用具として使用するために船舶が有すべき固有の性能を有する状態のものとして、維持存続させるために必要とされる費用であって、下記の如き費用である。

乗組員給料、乗組員給養費用、船舶維持費(ペンキ塗装費用)、厨房用燃料費、乗組員飲料水費用、船舶修理費、船舶用備品費、同消耗品費、甲板用および機関室用のすべての船内備蓄品費、船員衛生費及び医療費、船長、士官、乗組員のための領事査証料、2トン以下の積揚貨物の荷役に堪えるウィンチ、デリック、車輪及び普通の動索、艙口毎に1人のウィンチマンの配置(荷役用)費用、保険料等である。これらの費用は、全部、賃貸借による定期傭船者の負担とせられる。従って、船主はこれらの費用一切を負担する義務がない。

賃貸借によらない定期傭船者は一切かかる費用を負担しない。

経済的区別(2)

賃貸借による定期傭船

賃貸借によらない定期傭船

船舶運航費

船舶運航費とは下記のものであり、傭船者が自己の海上運送企業、その他の企業の運営のために傭船した船舶を具体的に運航するために要する費用であって、主として、傭船者が自己の商業目的達成の為に支払う費用であるから、かかる費用は、企業経営者である傭船者負担となる。

(イ) 燃料費。船舶が航海その他の運航上必要な燃料費である。

(ロ) 港費。船舶が世界各国の港に入港し、碇泊することに関して支払を要求される費用で、次の如き費用がある。

トン税、入港料、水先案内料、曳船料、岸壁使用料、係船ブイ使用料、岸壁係留用綱取作業員使用料、荷役用人夫賃等

(ハ) 缶水費用。いわゆる船舶のボイラー用水の購入費用である。

(ニ) その他の諸掛費用。すなわち、運河通行料、同操舵手雇入賃、灯台料、船長、士官、乗組員を除く領事査証料、棧橋使用料、傭船者が任命した代理店料、船積、荷繰、積付(荷敷、仕切板費用を含む)、荷揚、検量、検数、荷揚の引渡、艙口検査業務に従事した職員、または、使用人に支給した食事代、検疫(燻蒸消毒、殺菌消毒を含む)による滞船費用を含むその他の諸掛費用。貨物積込および荷揚に際して実際に使用する一切の綱、スリング、特別の動索および港の慣習により要求される繋船用の特別の綱、大索、索鎖類の費用等。

これらの費用は、一切、傭船者が行なう、船舶運航による海上企業経営費用の一部として、傭船者が負担する費用である。

運航費に関する説明は、賃貸借による定期傭船に関してなしたもの全く同一内容のものである。したがって、賃貸借によらない定期傭船の場合に在っても、傭船者は、この費用全額を、自己の海上企業経営の経営費の一部として負担しなければならない。賃貸借によらない定期傭船者は、傭船料として、前期、間接費および直接船費の合計額に相当する額を基本金額として、船主と傭船者との間で合意した傭船料額を船主に対して支払うこととなる。また、その傭船料額の決定は、船舶の重量トンにつき、トン当たりの金額によって計算した一定期間当たり(普通は1ケ月間)の傭船料額を計算し、これを前払いするのが、海運界における傭船業務の慣行である。

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